南北相法巻ノ七(南北相法後篇巻ノ二)

水野南北居士 著 

《血色の部 論弁》

《観相の時、その血色をよく観ようと思うならば、「潮汐」をとらえて、観なさい。そうすれば心気が安定しているため、自然と観やすくなる》

そもそも、人体の気血があるという事は、まるで天地に潮汐があるに等しい。ゆえに、人の気血は潮の進退(≒差し引き)に応じて盈虚(えいきょ、=満ち欠け)がある。つまり、潮が差し盈(みち)る時は、人の気血もまた盈る。よって、その時に観れば血色は自然と浮かび現れ、知りやすい。また、観相者も己の身体の気血が以上の如く充満(みちみち)る時に観相に臨めば、心気が健全ゆえに、自然と観やすい。潮が退(しりぞ)く時は、心気は陰に入り、気血もまた沈み退いて知り難くなる。観相者も以上の如く、心神が陰に入る時に観相しようとすれば心が進まぬゆえに、観定め難い。気血が衰え常に血色が悪い人であっても、天地の潮が差し盈る時は、血色も自然と浮かび現れやすく、好ましく観えるものである。常に血色が好ましく観える人であっても、以上に準じて判断しなさい。だが、太陰の人においては、引き潮(=退潮)の時には血色が良くなり、満ち潮(=進潮、差し潮)の時には血色衰える。
*血色は陰であり、満潮に観難く引潮に観易い。逆に気色は陽であり、満潮に観易く引潮に観難い。
*満月と新月の周辺で産まれる子供は、それと同時期の月齢に受精した事になる。バイオタイド理論で考えると、満月、新月あたりは人間の心身状態が不安定になるので、受精目的の性交は避けるのが賢明である。古人は経験則に基づいて「大酒飲んだ後に子作りするな」とか「雷の鳴る夜に子作りするな」などという戒めとしての格言を残している。野口晴哉は『育児の本(全生社)』の冒頭で、「意識以前にあるその子の力を育てる急処が胎児の時期である。産まれてからでは遅いというのである。」と述べている。 

《男女の官に紫色(ししょく)が現れる時は、子を産む(図1参照)》

↑図1

そもそも陰陽が和合すれば、子孫を生じるものである。また、男女の官は面部(=顔面)の天地陰陽の中間に位置し、三陰三陽の官である。ゆえに、男女の官と名付けられ、子孫の官とされた。ところで、紫色には二種類ある。青色(せいしょく)と赤色(しゃくしょく)が合して紫色となる時は、青色は木、赤色は火であり、木生火(もくしょうか)の相生(そうしょう)の色となる。つまり、これは、子孫の官に相生の色が現れるゆえ、子を生ずる、と言う。また、赤色と黒色(こくしょく)が合して紫色となる時は、赤色は父の色、太陽の色であり、黒色は母の色、太陰の色である。この場合も陰陽の色が合して子孫の官に現れるゆえ、子を生ず、と言う。しかし、赤色と黒色が合して紫色となる場合は、赤色は火、黒色は水の色であり、水剋火(すいこくか)の相剋(そうこく)となり、相生する事が出来ない。ゆえに、必ず難産となる。また、前談の如く、青色と赤色が合して紫色となる場合は、木生火の相生となるゆえ、安産となる。
*少しわかりにくい文章だと思われる人のために補足説明すると、これは妊娠して出産が近くなった女性に現れる血色の話である。妊娠後の変化は主に目の周りに現れるのだが、特に男女の官(下まぶた)の色を観ることで、安産か難産かがわかるという観方である。妊娠すると男女の官に紫色が現れるが、この紫色には青色と赤色が混ざったような明るい紫色と、黒色と赤色が混ざったような暗い紫色の2種があり、前者だと安産、後者だと難産であるとする、ということである。基本的な血色の観方では、パッと観た時に明るい色なら吉、暗い色なら凶と考える。相剋についてはこのページの下部、図20にて解説した。 

《たとえ貧賤であったとしても、すでに夫が定まっている女は、自然と官禄の血色が良い。逆に、富貴であったとしても、未だ夫が定まらない女は、自然と官禄の血色が悪い(図2参照)》

↑図2

官禄の官は天帝(≒額)の中央にあり、君王を象徴する。また、女に対して、夫の官とする。ゆえに、夫がすでに定まっている女は君主を得たに等しく、官禄に光潤が現れる。例えるならば、夫の威光を頭に載(の)せているに等しい。だが、夫に対して節操(せっそう、みさお)のない女は、夫を得たとしても君主を得たとは到底思わないゆえ、夫の光(≒威光)がある事を理解出来ない。ただ、自分だけが賢いと思い、夫を差し置いて(≒排除して)、万事においてでしゃばる。このような女を得たならば、その家を亡ぼす事などは水で火を消すかの如く容易(たやす)い。よって、家内では常に口論が絶えず、災いが生ずる。女の福分である衣食住の三つは、全て夫の因果応報によるものである。ゆえに、女の相がどんなに良くても取るに足らない。だが、夫を君主のように敬(うやま)い、常に夫の威光を頭頂に載せているように思い、真の貞操を守る女は、たとえ夫の運が悪くても、少しくらいは女自身の因果応報によって夫を助ける事がある。これはつまり、陰が陽を助け、和合して栄えるという道理である。遊女(=娼婦)の事は論外ではあるが、その中でも真の貞操を守ろうとする者においては、以上と同様になる。 

《大いに良い事がある相があったとしても、官禄の血色が悪い時は万事安定し難い》

前談の如く、官禄の官は天帝(=額)の中央に位置し、君主とする。よって、万事の吉凶は全てこの部位に現れる。これはつまり、世の清濁はその君主の徳不徳にあるに等しい。ゆえに、官禄の血色が濁る時は、その君主からの徳沢(とくたく、≒恩恵)がなく、国家を光潤させる事が出来ないため、万事が安定し難いと言う。 

《額の左右に潤いのない黄色(こうしょく)が現れる時は、必ず親族についての愁(うれ)いがある》

人の身体は土気を受けて育つ。ゆえに、己の身体そのものが土気で満ちている。また、黄色は中央であり、土の色である。よって、親族に死亡する者がある時は、己の身体の土気同気が相感応し、自然と衰え、潤いのない黄色を現わすようになる。本来、黄色は悦びの色であるとは言うが、人に盛衰があるように色にも清濁がある。ゆえに、一概に言ってはならない。すでに己に良い事が訪れている時は、その身体の土気は潤いを得て、その黄色もまた潤いを現わす。これはつまり、己の身体の土気が栄えるがためである。 

《日月(じつげつ)の官に黒色が現れる時は、必ず己の子供との死別がある(図3参照)》

↑図3

日月の官は、父母・先祖の官とする。そもそも、子孫というものは父母、先祖からの血脈を受けており、同一体(どういつたい)に等しい。ゆえに、我が子が死亡する時は血脈が相感応し、己の日月の官に黒色が現れる。黒色は亡び(≒死)の色である。また、日月の官の肉が枯れ衰える時は、先祖が衰えるに等しい。これによって、子孫は存続しない。子孫が存続する者は、日月の官の肉付きが良く、自然と健やかに観える。逆に衰える時は、血色も自然と衰える。だが、以上の黒色は、子孫が多くいる人においては、日月の官には現れない。ただ一人の血脈(=一人っ子)が亡ぶ時にのみ現れる。 

《額が曇り、その部位に髪の毛のような赤筋が現れる時は、必ず剣難(≒突発的な事故)がある》

この赤筋は血の色であり、災いの色である。さらに、この赤筋は肉を裂き、鑚入(くいい)るように現れる。それはまるで、災いの色によって全身の肉を傷つけるに等しいゆえ、剣難がある、と言うのである。また、剣難がある時は、日月の官の血色が衰える。これはつまり、己の身体髪膚(しんたいはっぷ、≒全身)は父母、先祖から受けたものであり、我が身を傷つける事は父母、先祖の身を傷つける事と同じなのである。ゆえに、日月の官が衰える。日月の官は、つまりは父母・先祖の官である。
*剣難…武士の帯刀が日常化していた江戸期では、剣難と言えば読んで字の如く刀が関わる災難を指した。現代では刃傷沙汰はもちろん、交通事故など、主に突発的に遭う災難を指す。 

《湿気(しっき)を下部に含む者は、頤(おとがい、=あご)の辺りが自然と曇って観える。また、頤が曇る者は臍下(さいか)も自然と曇っている。額は面部の南方に位置し、心火に属し、上部に通じている。また、鼻、顴骨の辺りは中央に位置し、脾土に属し、中部に通じている。さらに、頤の辺りは北方に位置し、腎水に属し、下部に通じている。よって、下部に湿気を含む者は、頤の辺りが自然と曇るのである。また、水気(すいき)が多い所に住む者は、その水気を自然と下部に含むがゆえに、臍下、頤の辺りが自然と曇る。だが、その体が健やかで無病の人や、しっかりと養生している人には、水気を含まず、曇りなどあるはずがない。しかし、多くの者はその下部に水気を含む事は免(まぬが)れ難い(図4参照)》

↑図4 

《男女の官から気色が出て、中停に位置する辺地まで走る。その気色が辺地で枯れるように白肉(はくにく)となる時は、必ず子孫が遠方へ行き、死ぬ(図5参照)》

↑図5

男女の官は子孫の官である。その子孫の官から気色が出て辺地に走れば、子孫は遠方へ行く、と言う。その気色が辺地の辺りで枯れたように、白肉になるならば、子孫は遠方に行って死ぬ、と言う。白肉とは、愁(うれ)いの色を含んだ肉の事である。 

《掌中(しょうちゅう、=手のひら)に紅潤(こうじゅん)が現れる時は、その体は健やかで、為す事全てが望み通りになる。だが、紅潤が衰える時は万事が安定し難い》

気血が健やかである時は心気も健やかで、掌中に紅潤が現れる。また、心気が健やかであれば、その体も健やかで、為す事全てが自然と成就する。手足(しゅそく)は一身の枝であり、気血が不順であれば、四肢に潤いがなくなる。これはまるで、草木の根が健やかでなければ枝葉が衰える事に等しい。ゆえに、掌中に潤いがない時は、その身は栄える事が出来ず、何をやってもうまく行かず、安定しない。また人は、気血の不順によって発病する。気血がよく循環する事で、その病は治る。ゆえに、病人が快方に向かう前は、自然と掌中に潤いが生じる。また、常に掌中に紅潤がある人は、その紅潤が散失する前は、まずは潤いを失い、その後に紅色が散るものである。逆に、常に掌中が枯れている人は、紅潤が生じる前は、まずは潤いを得て、その後に紅色が現れる。顔面部に現れる血色も同様で、良い血色が現れる前はまず潤いが生じ、悪い血色が現れる前は平素の潤いを先に失う。よって、紅色が現れていても掌中が枯れて乾いているのか、潤沢なのか否かに注意して観なさい。 

《顔面部の血色が一面に悪くても、みだりに悪いと断じてはならない。家業が大いに栄え、心労が重なる時は、面色は大いに衰え、蒙色のように自然と曇る事がある(図6参照)》

↑図6

観相する時は、家業の官をよくよく観なさい。家業が盛んな人は心労が重なる事が多く、自然と面色が大いに悪くなる。だが、家業の官だけは血色が良い。家業の官は、つまりは法令の官の事である。 

《日昳(じつてつ、=夕暮れ)の潤色がある人は、公難がある。上停の潤色は観定め難いので、顴骨の潤色を観なさい(図7参照)》

↑図7

顴骨は世間の事を司る。ゆえに、顴骨に暗いような色が現れる時は、世間(≒他人との関係など)が明らかでなく、「通路(≒他人との関わり)」を失うに等しい。ゆえに、公難がある、とする。この色は元々は上停(=額)にあるのだが、日昳の潤色に覆われているため、観定め難い。また、日昳の潤色は上停に多く輝くものである。日昳の潤色とは、太陽が西の空に傾き、その光を東方に映す事を言う。 

《困窮していても、面色が良く、肥えたように肉が満ちている者がいる。また、苦労がないのに肉が衰えたように痩せている者がいる》

心気が弱く、括(しま)りがない者は、自然と心気が面上に脱する。ゆえに、自然と顔の肉が垂れる。この場合は面(=顔)に潤いがあって、肉が満ちたように観えるが、本当に肉が満ちた状態とは言えぬゆえ、濁肉(だくにく)と名付ける。また、心気が強く、よく活(しま)っている者は、気血が乱れず、血色が静かに現れ、肉も締まっている。このような者も苦労がないのに肉が衰え、痩せたように観えるが、実際に痩せているとは限らぬゆえ、肉締(にくてい)と名付ける。大いに吉である。また、生まれつき心気が弱い者は、気色が衰えて生じる。ゆえに、血色に力強さがない。また、肉が満ちる事もなく、肉が薄く観える。これを薄肉(はくにく)と言う。つまりは貧寒とした人にある相である。生まれつき心気が強い者は、気色が健やかに発していて、自然と血色に力強さがある。ゆえに、肉が充実して肥えたように観える。これを肉の厚き(厚肉)と言う。つまりは富貴の人にある相である。また、長期間困窮して面色が衰えている人の運気が良くなる時は、その面色が肥えたように観える。しかし、これは実際に肥えているとは限らない。心気が健やかになり、気が内に満ちるがゆえ、その気が自然と面上に発現し、肥えたように観えるのである。これを肉色(にくしょく)と名付ける。元来、肉は心気から起こるものであり、心気が衰えれば気色が衰え、気色が衰えれば血色が衰え、血色が衰えれば自然と肉が衰える。衰えた肉には自然と潤いがない。また、濁肉には潤いはあるが神(≒神気)がない。厚い肉が健やかで、潤いがある時は神がある。これらはことごとく、心気によるものである。心気は小天地(≒人体)の太極であり、万事の吉凶によって起こるものである。 

《長年運気が悪い者は、一面(=顔一面)を暗気が覆っている。しかし、その暗気が黒色に変化する時は、大いに良い》

暗気とは、薄暗い色である。黒色とは、甚だしく暗い色である。人に現れる気色は、天地の順気に応じている。例えば、太陽が東から昇る前は、天地はぼんやりと暗い。これを平旦三の暗(へいたんさんのあん)と言い、黒色に等しい。これはつまり、陰気が尽きて、陽気が巡り出すという道理に応じている。ゆえに、暗気が黒色に変じる時は、徐々に陽気が増加するため、大いに良い。 

《眼中が血走り、瞳が赤色に覆われ、眼勢が薄くなっているようで、眼に精神が宿っていないように観える。この場合は、必ず剣難に遭って死ぬ》

剣難に遭って死ぬ者には、死相が現れない。そもそも命というものは、天から与えられるものである。病によって自然に死ぬ者は天命が尽き、心・脾・腎が自然と衰え、五行が全てその元へ帰る。五行がその元へ帰る事によって、自然と死相が現れる。ゆえに、病死の場合は明らかな死相が現れる。しかし、剣難で死ぬ者は、死に至るまではその体は健やかであり、五臓が病む事もない。よって、五行も健全であるため死相が現れない。一方、眼は一身の日月であるため、剣死の相は眼に現れる
*五行…木・火・土・金・水の五つの元素の事。 

《上停が晴々としていて、油を塗ったように光っている者は大凶である。万事安定し難い(図8参照)》

↑図8

心気は内に満ちていないと、面上に脱してしまう。脱すれば、面上に油を塗ったような光を生じる。これを、心気面上に脱して万事尽きる、と言う。このため、諸事が安定し難い。これを日昳の潤色と言い、大凶である。また、心気が丹田に満ちる時は、顔一面に現れる光がまるで日の出のようで、面色は自然と豊かで、勇壮の気がある。これを心気丹田に在って万事を為す、と言う。
*勇壮…勇ましくて、勢いがある事。 

《額の左右が黒い者は凶ではない。相応の福分がある》

若年で未だ職業が安定してない者は、世事の辛労は自ずから少ない。つまり、気を使うことがなく、心が安逸であれば、天が明らかで障害がないに等しい。ゆえに、額は自然と晴れやかである。一方、すでに職業が定まっている者は、その仕事が次第に繁盛してくるにしたがって、人に気を使うようになる。つまり、万事に心を凝らす事が多くなれば、心・肝の気を使い過ぎて、その気が上停に走り、陽明に現れる。ゆえに、額に焦げ付いたような色が現れる。これは、その職業が盛んであるためである。よって、凶とは限らない。また、この黒色は、肝気が高ぶっていてイライラしやすい人に多く現れる。古書には、額の左右に黒色が現れる時は大難がある、と記されているが、この黒色とは異なる。古書にある黒色とは、潤いがなく、叢雲(むらくも)が峰が現れているように観える色である。古書で言う大難とはその当時に来る悪事のため、その黒色は上塗りしたように観える。私が言う黒色は、その当時の事ではない。このため、額が焦げ付いたように観える。また、元々は良い色であるため、自然と潤いを含んでいる。この色は平旦の潤色と名付ける。日色(じっしょく、=太陽光)が東方に映る、という意味である。 

《湿病がある者は、自然と額が曇っている。もし闘病中、その曇りがはっきりと晴れた時は、必ず死ぬ》

人には陽火が根源にある。また、額は諸陽の経絡が集まる場所であり、陽明に属し、陽火を司る場所でもある。湿病というものは本来、水気から生じる。ゆえに、身体に湿気を含む事が甚だしい時は、一身の陽火がその水気に覆われ、額が自然と曇るのである。もし、闘病中にその曇りが明らかに晴れる事があれば、その水気が益々甚だしくなっているのであり、終には身の陽火が剋滅する事になる。これは、真の意味で曇りが晴れるという事ではない。天から与えられた寿命が尽き、己の陽火が天に帰ろうとするゆえに、額が自然と晴れるのである。この道理を踏まえて推察するならば、湿病でなくとも人が臨終を迎える時は、誰しも額が晴れる事になる。これは天命が尽きるという事である。 

《山林の官の肉が荒れたように、大いに衰え、ほとんど絶えたような黄色が現れる時は、必ず山林を切り掃(はら)い、田畑とするようになる(図9参照)》

↑図9

山林の官は上停(=額)にあり、父母・先祖から受ける山林の事を司る。山林を切り掃い開墾する時は、必ず土を動かすものである。ゆえに、土気(=黄色)が山林の官に感応し、山林の官の肉が自然と変化し、絶えたような黄色を現わすのである。また、山林というものは天地自然に生ずるものであり、山林を切り掃って田畑にする事は、人の気が作用するものである。ゆえに、その気がお互いに感応する。また、田畑は地庫の官が司るものであり、土工(=土木工事)が成就した後は自然と地庫の官に潤いが生じ、肉付きが良くなる。これはつまり、地庫の官が満ちる、の意である。 

《地閣から潤色が出て左右に分かれる時は、必ず善事によって「家」が二つになる(図10参照)》

↑図10

地閣は家を司る官であり、潤色は悦びの色である。これを踏まえて考えなさい。青色は肝気から起こる、怒りの色である。ゆえに、地閣に現れ左右に分かれる時は、家庭内に争い事が起こり、「家」が二つに分かれる。暗色は亡びの色である。ゆえに、地閣に現れ左右に分かれる時は、家が亡びんがために二つに分かれている事がある。 

《官禄の左右から蒙色が出て官禄の穴所を覆う時は、家督を奪われる事がある(図11参照)》

↑図11

官禄の穴所は貴賤に関わらず、己の身分・家督の事を司る。このため、官禄の左右は世間を象徴する。ゆえに、官禄の左右から蒙色が出て官禄の穴所を覆う時は、世間(=他人)に己の家督を奪われる表象であるとする。蒙色とは、曇ったような色であると心得なさい。もし、破産するするような相があったとしても、官禄の左右から潤色が出て官禄の穴所にて相交わる時は、決して破産する事は無い。これはつまり、家督を助ける他人がいる、という事である。 

《兄弟(けいてい)の官から蒙色が出て官禄の穴所を覆う時は、親族から家督を奪う事がある(図12参照)》

↑図12

兄弟の官は、親族を象徴する。ゆえに、兄弟の官から潤色が出て官禄の穴所で相交わる時は、必ず親族から重用される事がある。また、上停においては官禄の穴所を己の体とし、中停においては鼻を己の体とし、下停においては口を己の体と定める。 

《主骨から青気(せいき)が起こり官禄の宮に下る時は、必ず主人(≒上司)から咎(とが)めを受ける。あるいは、主人から大いに怒りを蒙(こうむ)る事がある(図13参照)》

↑図13

主骨から青気が下り、その上、官禄に蒙色が現れる時は、近いうちに咎めを受ける。また、主骨から美色(美しい色)が起こって官禄に下る時は、主人からの善事が訪れる。さらに、官禄に潤色が現れる時は、その善事はすぐに訪れる。以上の事は前段に述べた如く、官禄は己の体に象(かたど)り、主骨は主君(≒主人)に象り、青色は怒りの色とし、蒙色は驚きの色とし、美色は悦びの色とする、という道理によって明らかにしたものである。 

《眉の中から赤色(しゃっき)が起こり、眼を覆って目尻の方へ下る時は、近いうちに大難がある》

以上のような血色が現れる時は、たとえ小難であっても大難に変じ、己の身の上に降りかかる事となる。眼は一身の日月(じつげつ、≒陽陰)に象り、また左右の眉は羅睺星(らごせい、らごしょう)、計都星(けいとせい)に象る。ゆえに、眉の中から赤気が出て、眼を覆う時は、これを羅計の二星が日月を覆う表象であるとする。 

《命宮へ向かう鋭い(頴脱した)赤色が顴骨に現れ命宮にまで達する時は、必ず門前の争いが家内にまで及ぶ事がある(図14・15参照)》

↑図15

↑図14

以上の赤色は何れも鋭く、烈(はげ)しい赤色である。よって、剣難を暗示する。また、顴骨は門外(世間や他人)の表象であり、命門は門内(家内や自分自身)の表象である。この事を踏まえて論じなさい。顴骨に髪の毛ほどの太さの赤色が常に現れている者がいるが、これは考慮に入れてはならない。以上に述べた赤色とは、細く、幽かではあるが、鋭く目立つようでもあり、非常に観定め難い赤色である。 

《妻妾の官に紅潤がある者は、未だ妻が定まっていない。逆に紅潤がなく、その色が収まっているように観えれば、すでに妻が定まっている(図16参照)》

↑図16

妻妾の官は、妻縁の事を司る。第一には、肝腎の気が集まる場所である。すでに妻が定まっている時は、肝腎の気は自然と収まる。ゆえに、妻妾の血色も自然と収まる。逆に、未だ妻が定まらぬ者は肝腎の気が収まらず、色欲の情が起こる。ゆえに、自然と妻妾の血色が動き、紅潤を発する。たとえ老人であっても、妻が未だ定まらぬ上に色欲の情が深ければ、潤色を発する。何れにしても、妻が定まらぬ者は生涯、この潤色が消えるという事はない。
*女性は左右逆で観る。 

《左の妻妾宮に紅潤があり、右の妻妾宮には紅潤がなく、その色が収まっている。この場合、妻の心は定まっているが、夫の心は定まっていない(≒浮気心がある)》

左側は陽に属し、夫とする(=夫の事を観る)。左の妻妾宮が紅潤である時は、夫は妻に満足しておらず、心(≒血色)が動きやすい。ゆえに、紅潤が現れる。右は陰に属し、妻とする(妻の事を観る。)右の妻妾宮の血色が収まっていて紅潤が現れていない時は、妻は夫に満足しており、心が動く事もない。全てにおいて、心が動く時は自然と血色が現れ、心が動かない時は気が丹田に収まっているため血色は現れない。つまり、面上(=顔面上)に現れないのである。
*女性は左右逆で観る。 

《妻妾に青筋が現れている者は、妻と不仲である》

前段のように、妻妾は夫婦の関係を観る部位である。また、青色(せいしょく)は肝気から起こる怒りの色である。ゆえに、不仲である、と観る。夫婦が互いに、常に怒りの感情を抱いていれば、自然と離別するものであると理解しておきなさい。 

《胸が薄赤い者は心気が強い。また、弁柄(べんがら)を塗ったように赤い場合は、この通りではない。これは粗暴な性質を暗示し、下相である》

胸は君火(くんか)であり、心火を司る。また、赤は心(しん)の色である。そもそも、人は心気を源とする。ゆえに、心気が強い者は、自然と胸が赤い。これは、君火の光の表象である。また、心気が健やかで盛んな時は、心神(≒精神)も自然と清らかで、運気もよく巡るものである。そのような時は、自然と赤色に潤いが生じる。
*弁柄…Bengala、紅柄、鉄丹とも。インド北東部のベンガル地方で産出していた赤色顔料の一つ。黄色が交じったような赤色の粉末で、絵具や染料として用いられた。 

《食禄の官に暗色がある時は、家督についての大変な辛労がある。逆に、紅潤がある時は、心中に悦び事がある》

人の顔には、自然と山海が備わっている。鼻を山とし、口を海とする。鼻と口の間の溝を人中(にんちゅう)と言い、これを民衆の表象とする。民衆は君主のために貢物を作り、献上するものである。ゆえに、人中の左右を食禄の官と名付け、家督の事を司るのである。よって、家督が衰える時は、自然と食禄の官も衰え、悪色が現れる。逆に、家督についての悦びがある時は、潤色が現れる。法令線の内側は全て食禄の官とする。また、法令線の内側は内心(≒内界、家内)の事を司り、外側は世間の事を司る。ゆえに、食禄の官から血色が出て、法令線の外側へ現れる時は、心中の悦び事が世間に現れる(≒実現する)と観る。 

《黒色が小鼻の際を取り巻き、口の周りに黒色が現れ、唇に入る。このような血色が現れる時は、必ず水難がある》

鼻は顔の中央にあり、人体五行の土(ど)に属す。黒は水(すい)の色である。ゆえに、黒色が鼻を取り巻く時は、水によって己の体である土を剋す事に等しい。よって、これを水難であると言う。また、唇は脾・土に属す。ゆえに、黒色が唇に入る時も同様に、水剋土の道理をもって水難と言う。さらに、口を大海とし、黒色が外から口に入る時は、水が溢れて水路がなかった場所に水路が出来ると喩(たと)え、水難があると言う。 

《心(≒神気、雰囲気)が薄く、執念深く、肝気が強く、煎った(≒煮詰めた)ように観える。あるいは、肝気が強く、気が陰に塞がっている。このような者は、必ず病まずして死ぬ》

大体において、このような者はたとえ病んだとしても長く患う事はない。まずは頓死(=急死)の類であると観る。だが、頓死の相とは言っても、その他に特徴はない。何よりも、頓死は心(=神気)が薄く、肝気が強い人に多い。心・脾・腎が衰えれば体は健やかではなくなるが、肝気が強い者はそれらが衰えても万事において変化がないように観える。しかし、その相貌に神(=神気)はない。俗に、「影がない人」であると言う。長病になることなく、死ぬ。病人においても、死ぬ直前であるにも関わらず言葉が明瞭で声も良く聞こえる場合があるが、これは肝気の影響である(←つまりは死相の一つ)。
*肝気が強い…肝は、五行においては、怒りの感情を司っている。よって、肝気が強い者は常にイライラしがちであり、傍目からみると神経質で、落ち着かない感じがする。酷く肝気が強い場合はヒステリーであり、短気で爆発的、激烈な感じに観える。短気な者は常に重心が上方に集まっているゆえ、呼吸が浅く、上気していて、顔が赤らんでいたり、目が血走っていたりする。また、早口で、セカセカしがちで、しゃべらずとも、相対する者をイライラさせる雰囲気が非常に強い場合は悪相である。顴骨(=頬骨)が出ている上に、痩せ型で目に異常があると確実に肝気が強く、ヒステリックかつ攻撃的な場合が多い。 

《左の主骨(しゅこつ)に蒙色があり、右の主骨に潤色がある。この場合は当時、二人の君主(上司)に仕えている(図17参照)》

↑図17

以上の相があっても潤色が甚だしければ、二人の君主に長く仕える事は出来ない。これは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と言うに等しい。だが、潤色が薄ければ、長く仕える事が出来る。潤色の中に変色がある時は、障害があって思い通りにならない。左の主骨は陽であり、先に仕える主人とし、右の主骨は陰であり、後に仕える主人とする。また、現在仕えている主人を見下し、以前仕えていた主人を慕う者が時々いる。この類にも左の主骨に蒙色、右の主骨に潤色が現れるのだが、この場合は潤色の中に少し蒙色の曇りを帯びているものである。 

《傾城(けいせい)が繁盛している時は、顴骨から命門にかけて潤色が現れる(図18参照)》

↑図18

顴骨は世間の事を司る。つまり、これを顧客(≒上客)とする。また、命門は腎気を司るゆえ、これを傾城とする。そもそも、傾城という者は、十方(=様々な場所)から客を受け入れ、「腎愛」を商う者である。ゆえに、繁盛している傾城には、世間からの人気(じんき)が集まる。その集まってくる人気は、元々は腎愛から来るものである。よって、顴骨から命門に潤色が通じるのである。これはつまり、世間の腎愛が「慕って(=恋々して)通う」という表象である。また、すでに身請けさせられて身分が修まっている傾城は、客だった一人の男にだけ寵愛されるようになるため、かつてのように多くの客には愛されなくなる。ゆえに、この場合は、自然と腎愛の血色が衰えて観える。さらに、命門は腎気が集まる部位である。ゆえに、女色、淫慾に溺れていれば自ずと腎気が動き、命門に血色を現わすものである。
*傾城…閨妓、芸妓の事。または、城を傾ける(一国一城を亡ぼす)ほどの美女の事。主に、江戸期においては太夫(たゆう)、天神などと呼ばれた位の高い遊女の事を指す。高級な水商売(つまりは「腎(≒精力)」を消耗する商売)に従事している女性である。
*腎愛…南北相法の中で語られる腎は、全て五臓六腑における腎であり、現代医学的な解釈における腎蔵とは少し趣が異なる。ここで言う腎は精力の象徴であり、生命力の根源である腎であり、「腎愛=精力を消耗する愛」である。つまり、愛想だけのプラトニックな愛情ではなく、「体を売る」ような愛である。ゆえに、腎の宿る根源であり、「生命(=命)の生まれ出る場所(=門)」である「命門」に変化が現れるのである。以前にも述べたが、水商売は「腎気(≒精気、運気)」を著しく消耗する職業であるゆえ、早死にしたり、晩年孤独になるのが道理である。ちなみに、ここでは「腎愛」と「仁愛」、「腎気」と「人気」を掛けている。
*身請け…落籍とも。客が身代金を払って、年季(=いわば契約期間で、通常10年)の済まない内に、芸妓や娼妓をその商売から引退させる事。江戸時代においては、芸妓の類も遊女と同様に借金を抱えて年季奉公しているのが常であり、この当時の身請けは、実質は人身売買であった。 

《口の周りに巴(ともえ)の如き黒色が現れる時は、水に溺れる(図A・B・C参照)》

↑図C

↑図B

↑図A

水が渦(うず)巻くような紋の事を巴(ともえ)、または巴紋(はもん)と言う。水が逆巻く所は必ず盤旋(ばんせん)としていて、一つ巴か、三つ巴の形を現わしている。よって、巴のような形をした黒色が現れる時は水に溺れる、と言う。これは、黒色が水(すい)に属する色だからである。また、赤色の巴や暗色の巴が現れる時は、必ず火に祟(たた)られる。これはつまり、猛火焔々(もうかえんえん)と炎の巻き上がる様子が巴紋の表象として現れている、という解釈である。暗色の巴紋とは、烈(はげ)しく燃え上がる直前の、暗色の煙が巻き上がっている様子である。ゆえに、赤色、黒色、暗色の巴紋の如き血色が現れた時は、水難、火難を意識し、慎重に行動すべきである。火に二陰、三陰があるように、水にも二陰、三陰がある。これら陰陽を合わせて、六交(ろっこう[六爻]、むつまじ[睦まじ])と言う。これはまるで、易の六爻陰陽の数のようである。このようにして変化する時は、火難となる事もあれば、水難となる事もある。陰気が満ちて極まる時は陽火に変じ、陽気が満ちて極まる時は陰水に変じ、その循環が途切れる事はない。ゆえに、水難、火難の事は陰色、陽色について観る。
*盤旋…ぐるぐる回っている様子。
*睦まじ…現在知られている意味は、親しいとか、仲が良いであるが、本来の語源は「六つ交じ」である。「六つ」とは、陰が三つ、陽が三つ組み合わさった状態であり、易で言えば三陰三陽の基本卦である地天泰、天地否のような状態である(図A、図B参照)。 

《三停にそれぞれ辺地があるという事》

まず、上停の辺地は額の左右にある。つまり、鬢(びん)の角から髪際を下がった眉尻までの間を、上停の辺地と言う。また、眉尻から耳たぶまでの間を、中停の辺地と言う。さらに、耳たぶから横骨(おうこつ)までの間を、下停の辺地と言う。そもそも、鼻は面部(=顔)の中心(=中央)であり、都(=首都)の表象である。ゆえに、顔全体の周囲を辺地とし、顔全体の周囲から中央へ向かう血色は全て辺地(=遠く離れた場所、田舎)あるいは外(≒外国)から来る事象であるとする。だが、命門、奸門は女(=異性)の事や淫慾の事を司るため、この部位から中央へ向かう血色については、辺地に関する事象であるとは断定出来ない。確かに多くの場合、淫慾女色の事は外から来る事象ではあるのだが、すぐに外から来る事象であると断定してはならない。上停には天中、天陽、高広の三穴が広がり、天を表象しているゆえ、必ずしも辺地とするべきではない。また、下停には地閣、奴僕、横骨の三穴が厚く、大地を表象しているゆえ、必ずしも辺地とするべきではない。
*三停…面部(=顔)を上から三等分した観方で、額の高さの範囲を上停、鼻の高さの範囲を中停、顎の高さの範囲を下停とする。つまり、三歳(=三才、天人地)を面部に応用した観方である。
*鬢…現代ではなぜか、耳の前あたりの髪の毛、つまりは「もみあげ」部分だけを指すようである。諸々の出版社の辞書においても、そのように説明されている(『古語大辞典(小学館、1983)』には「頭の両側面の髪。耳の上の髪。こめかみの毛。」とある)。しかし、本来は頭部側面の毛髪全体を指していたようで、この文章においても「鬢=もみあげ」とすると辻褄が合わない。賓(ひん)は「連なる、並ぶ」の意であり、「側頭部に位置し、側頭筋を覆う髪の毛」と考える方がシックリくる。ちなみに、俗に言う鬢付け油は、日本髪で主に側頭部の髪を固定する時に使うものである。もみあげだけを固定するのではない。さらに、『源氏物語』には「御鬢かき給ふとて、鏡台に寄り給へるに」とある。 

《相貌(≒「骨格」)は完全であるように観えるが、刑罪に遭う者がいるという事》

そもそも、人は心(しん、≒身、神)を天から受け、体(たい)を地で作り上げる。つまり、天地から心体を生ずる。ゆえに、人が死ぬと魂(こん、≒心、身、神)は天に帰り、魄(はく、≒体)は地に帰る。このため、人々はその相貌を異にするとは言っても、天地から受け得た心体であるならば、始めから悪心悪相が備わっているという事はない。しかし、人には心・意の二つがあり、生まれたばかりの頃は、心相だけゆえ変化する事もないが、成長するにしたがって意(い)を生じるようになり、その意にしたがって相が変化していくのである。これは決して特別なことではなく、誰しもに当てはまる事である。意が大悪で、本当に乱暴な者は、外相(≒外面)をよく繕い(=隠し)、意内の悪を現わす事はない。ゆえに、諸人はこれの衒売(げんばい、≒自己宣伝)に誑(たぶら)かされ、本質を見誤るのである。ゆえに、外相が完全であるのになぜ刑罪に遭うのか、と不思議に思うであろうが、結局は意内に大悪が存在する結果なのである。したがって、外相が完全でなくとも(≒外面が醜くても)、意に欠けたところがない者には自然と天地の擁護があり、老いても困窮することはない。
*心…語源は心臓の象形である。また、知・情・意の本体であり、天(≒神)から賜る生命、魂の類である。受動的かつ先天的に備わっている「こころ」である。
*意…言葉になる前の「おもい」。意識が芽生えるにしたがって形成されいく、「こころ」である。ここでは心と対照的に扱われている。能動的かつ後天的に備わる「こころ」である。 

《悪事(=凶事)が来るゆえにその血色が現れるのか、その血色が現れるゆえに悪事が来るのか、という事。》

凶事が来るゆえに、その血色が自然と現れるのである。そもそも、禍福吉凶(かふくきっきょう)は行いの善悪によって起こるものである。善い行いがあれば、吉事の応報がある。逆に、悪い行いがあれば、凶事の応報がある。つまりはこれを因果と言う。この天の報応(ほうおう)をどうして恐れぬ事が出来ようか。時には、己が気がつかぬうちに悪い事をしてしまう場合がある。また、善いと思って行った事が、結果的には悪い事をしたようになってしまう場合がある。そのような時、天(≒神仏、先祖など)がその人の相に悪色を現わし、その行いを警(いまし)めて下さる。だが、その人がその行いを改める事がなければ、ついには報いとして凶事がやって来るのである。また、無念無相の人は一天に曇りがなきが如く、「風雨(=吉凶)」の変化がない。たとえ変化があったとしても、それは時侯(じこう)の風雨の如く、過ぎ去ってしまえば何事もなかったかのようである。意が動き、悪の念が起こる時は大いに変化し、村雲(むらくも)の如く悪色が現れ、凶事がたちまちにしてやってくる。また、わずかな一善であってもこれを実行する時は、その徳は天倉(てんそう)に収まり、天福の官に潤色を生じ、たちまちにして吉事がやってくる。また、たとえわずかであっても悪を行う時は、天福の肉付きは自然と衰え、悪事が因縁となって生涯離れることなく、天がその報いとして、一度はその因縁に関する凶事を己に与えて下さるのである。これはすなわち天命(≒運命)である。一方、善事を行う時は、自然と意中(≒心中)でこれを悟っている。つまり、善事は吉事の因縁となって生涯離れる事がない、という事を識(し)っているため、自然と意中は穏やかになるのである。ゆえに、天はこれに報い、その因縁に関する吉事を一度は己に与えて下さる。吉事、凶事とも、全ては己の行いの善悪によって生ずるものであり、その他の要因によって生ずるものではない。
*時候…四季それぞれにおける気候や天候の事。 

《妖怪に憑かれた者は山林の官に暗色を現わし、その肉付きに膨れたようなシコリがある、と言う。しかし、憑き物の事に関しては、私に論じるところがある(図19参照)》

↑図19

山林の官は陽明に属し、貴い部位とする。妖怪(≒化け物)は陰に属す。そもそも、どうして陰怪の気が陽明の貴い部位に取憑く事があろうか。元来、人は万物における靈(れい、≒神)に等しい。ゆえに、どうして妖怪が人に祟るという道理があろうか。確かに、病によって憑き物が憑いたかの如く口走り、狂うこともまれにある。だがこれは、憑き物によるものではない。発狂(≒精神異常)である。発狂とは肝気によるものである。そもそも、肝は木(もく)に属し、暢達(ちょうたつ、=すくすく伸びる)する事を悦ぶ。だがこれを抑塞する時は、肝気が鬱怒して内を攻撃するゆえ、発して狂となるのである。そのような場合は心が空(うつ)け(=ぼんやりして)、恍惚、乱心となり、口走る事がある。また、肝気は万機に応じてよく働くものである。ゆえに、万事に聡い(≒賢い)者を「よく肝(≒勘)が利く」とか、「肝が強い」と言う。つまり、発狂した時に他人がこれを「憑き物だ!」と言えば、肝気がたちまち無意識にこれに反応し、憑き物でなくとも憑き物の如く口走ってしまうのである。このため、人々は益々憑き物である事に確信を深め、発狂の真実を知る事がないのである。憑き物であるとして神前でこれを祈祷し、祓除(ばつじょ)すれば即座におとなしくなり、他猥なく寝入ってしまうのをみて、憑き物が既に去った験(しるし)であるとする。こんな事がありえるのか。元来、神は正直虚靈(せいちょくきょれい)であり、その体(たい)は安静で我々の心(しん)と同体である。ゆえに、神前にて祓除する時は、その正直虚靈の神徳によって己の乱心を安静にし、本心(=正気)を取り戻させるのである。その結果として、自然と高ぶっていた肝気も治まり、他猥なく寝入ってしまう事がある。しかし、これは憑き物が去った事が原因ではない。肝気がゆるみ、発狂する事に草臥れたためである。山林の官に憑き物による暗色が現れるという言い伝えを信用してはならない。さらに古書には、深山に入って山魅(さんみ、=山の化け物)に化かされたり、取り憑かれた時は山林の官に暗色が現れると書かれているが、これもまた誤っている。だが、これは古人が言った事ではなく、後人が誤って伝えたものである。本来、山林の官というものは、父母先祖から受け継ぐ山林田畑の事を司る。ゆえに、山林の官は己の先祖から伝わる家督の吉凶存亡を観るだけの部位であり、他の深山幽谷魑魅魍魎(しんざんゆうこくちみもうりょう)の事を観る部位ではない。
*正直(せいちょく)…言動に偽りのないさま。しょうじき。
*虚靈(=虚霊)…中国南宋の儒学者であった朱熹(しゅき)の『大学章句』にある「虚霊不昧(きょれいふまい)」からの引用である。心が空(くう)であり、執着がなく、万物を鏡の如く映し出す存在の事。 

《人命に寿夭(じゅよう、長生き若死に)があるという事。》

そもそも、命というものは天命であり、その寿夭は己の行動の如何によって異なる。さらに、人は陽火(≒心、心臓)の一元気によって生きている。もし、この陽火を減らし損なうような事があれば、夭折するのである。逆に、しっかりと養い保つ時は、寿耇(じゅこう、=長寿)となる。陽火を減損するのは、飲食を慎まず、飲食を過度にする事が原因である。酒食を程良くせず常に度が過ぎる人は、外見には健やかに観えるが、肝気が高ぶっているため、決して健やかではない。酒肉(=酒と肉食、≒酒と性欲)の度が過ぎると肝気が高ぶるのは、酒肉を運化(≒消化)する脾気を傷つける事が原因である。どうしてかと言えば、土(=脾)が肥えれば木(=肝)はよく茂るが、木が茂って盛んになれば、逆に土(の養分)を損傷するからである。結果的に、土が損傷すれば、木も枯れる。これはつまり、肝木が脾土を剋し(=損傷し)、木が一時的に茂り、盛んになっている、という状態である。ゆえに、肝気が高ぶるのである。さらに、木は火を生ずる元であり、木が枯れる時は、火(=陽火、命の火、心、心臓)も共に滅する。ゆえに、長寿を全う出来ない。例えるならば、それは灯火(ともしび)に燈草(=灯心)を多く入れ、しきりにかき立てるに等しい。その火は盛んに燃え上がるが油の消費は早く、終には油が尽きて火は消えてしまう。よって、酒食の度が過ぎる人は外見は健やかなのだが、その灯火が盛んな状態に等しい。どうして頼りになど出来ようか。また、生まれつきに陽火が弱い人であっても、三白諸青(さんぱくしょせい)によって脾の気に耐えうるほどに養う時は、一身の陽火が尽きる事もなく、その灯火の灯心を節約して長い夜を無事に過ごすに等しい。この場合は身体が衰えたように観えるが、終には天命をよく保ち、長寿を全うする。当然ながら、生まれつきに陽火が盛んな者であっても、三白諸青によって養生を修めれば、長寿を保つ事が出来る。田村山郭(でんそんさんかく、≒山間部)に住む者は生まれつき健やかである上に、常に酒肉の乏しい三白諸青中心の食生活である。ゆえに、一身の陽火を養う事を全うし、身体は石の如く、面色は銅(あかがね)の如く、皮膚には締まりがあって肉は程良く硬い。このため、若死にする者は少ない。古書にも、身体の肉が締まった者は無病にして長命を保つ、とある。陽火が弱い者が酒肉を貪り脾の気に耐えられなくなってしまえば、陽火が弱いがゆえにその食を運化(≒消化)する事が出来ず、その酒肉の摂り過ぎが原因で五臓を損傷し、終には夭折する。そのようにして酒肉が度を過ぎる時は、自然と体が熱して、たちまちに陽火を減らし、漏らしてしまう。これは酒肉の気が勝るためで、面色には潤(うるお)いがあり、身体が肥えているように観えるが、根本にある陽火は減脱しているために、その色は神(しん、≒神気)を保持する事が出来ず、自然と肉が垂れている。これは潤色でもなければ、肥えているわけでもない。肉付きに締まりがなく、垂れている者は夭相あるいは短命であると言う。また、たとえ酒肉が度を過ぎても、一身の君臣が統制されている者は、肉が垂れる事はないと言う。ゆえに、「命(めい)は食に在り」と言うのである。
*三白諸青…米、塩、大根を三白、蔬菜(そさい、=あおもの)を諸青(しょせい)とする。 

《観相は時に臨み、変に応じて判断する事が必要である。私は若い時分、この事を知って初めて吉凶の観方を会得出来た》

私は若かりし頃、ある男を観た。まず、その上停を観ると、辺地の官に小豆くらいの大きさの、肉の盛り上がりがあった。その部分の上には幽かな赤色の糸のようなものが下がっており、下がった部位では散ったように広がっていた。その広がった色は、まさに血のようであった。これを観て私は判断し、「あなたは近日中に他国へ行き、必ず高い所から落ちて大怪我をするでしょう。」と言った。だが、彼は、「俺は他国へ行った事など一度もないし、今後行く予定もない。そうであれば、怪我などするはずもなかろう。」と言って私を責め、帰っていった。それから三日後、その男は屋根から落ちて大怪我をした、と言う事であった。また、その男は屋根葺きを職とする者であり、他国へ行く事はめったにない、と言う事でもあった。この一件を踏まえて考えると、観相したいと思った場合、まずはその人物の職業諸般についてしっかりと観定める必要はあるが、十分に論じ過ぎてはならない、という事が重要である。前談の話において私も、「怪我をする」とだけ説いておけば、見事に的中していたのである。だが、己の高慢さによって理性を失い、反って判断を誤ったのである。ゆえに、観相するたびに的中させ、人々を驚かせようという高慢な思いがある時は、必ず心がそわそわとして落ち着きがないため、その後に起こるであろう出来事を的確に観抜く事は出来ず、大いに判断を誤るのである。そもそも、観相というものは、一己(いっこ、=自分一人)の我(が、≒我見、我執、我意)を離れ、天地同体となって観察するものであるゆえに、観相、と言う。また観相とは、ただ人の相貌(かたち)を観察する事ではない。その人の天を観る事であろう。ゆえにこれを観相、と言うのである。そのようにしてよく観ようとすれば、的中させる事は大地を打つよりも容易い。滑稽な様子で「観相、観相」と喧伝する輩は、己を知らざる愚昧(ぐまい、≒愚か者)であり、大衆を衒売(げんばい、≒騙して売る、詐欺)して利益を貪る賊徒(ぞくと、=泥棒の仲間)である。また、相法家における罪人である。私が門人に対して、普段からこの事を警告するゆえんである。
*他国…よその土地。他郷。外国。
*「大地を打つ」…原文のままである。これは「大地に槌」とか、「槌で大地を叩く」、という諺からの引用であると思われる。つまり、動かざる大地を槌で打つ事は簡単だ、という事から、容易い、の意とする諺である。 

《身体には両眼の他に、三眼(さんがん、=第三の眼)がある。これを三丹田(さんたんでん)と名付ける》

両眉の間を上丹田とし、これを臣意(しんい)の会の幽見(ゆうけん)と言う。これが一眼である。胸を中丹田とし、これを将意(しょうい)の会の幽察(ゆうさつ)と言う。これが二眼である。臍下(さいか)を下丹田とし、これを君心の会の止観(しかん)と言う。これが三眼である。臣意とはどのようなものであろうか。臣(=臣下)とは君(=君主)に対する呼称であり、君の命令によって奔走する者である。では、幽見とは何か。大体において人は、幽冥(ゆうめい)で認識し難い事をみようとする場合、まずは両眼を閉じて、両眉の間に意識を集中する。そのようにして想索する時は、千里の外(ほか、≒未来、霊界)をも知る事がある。また、暗夜にて物を索(もと)める時、人は皆両眼を閉じて意識を集中し、物を得ようとする。つまり、意会(いかい、意識を集める事)によって幽冥をみようとするので、幽見と言うのである。将意とは何か。将帥という者は、謀慮(ぼうりょ)を司る。では、幽察とは何か。そもそも、臣意(≒一眼)は幽冥を千里の外にみるのだが、これを謀慮する事は出来ない。だが、胸中(≒二眼)においてこれを幽察し謀(はか)る時は、千里の外の事にまで思いを巡らす事が出来る。ゆえに、これを幽察と言う。また、中丹田(≒二眼)は六根の根源である。よって、相者はもちろん、貴人、賤人ともに、臣将の見察(=意の幽意の幽)を用いる事はない。君心とは何か。そもそも、下丹田は法性(ほっしょう)の気が輻輳(ふくそう、≒集合)する場所であり、まるで君王の御所に諸国の大名が参勤する様子に等しい。ゆえに、これを気海(きかい)とも言う。止観とは何か。有ると思えば有るし、無いと思えば無いような存在である有無の間隙を、心を静めた上で観察し、感じ取る事である。これは浩然の気のようであり、言葉では非常に表現し難い。
*法性…仏教における全世界の存在。真如、法界などと同義。
*参勤…江戸期において、諸大名が出仕し、主君に拝謁する事。参勤交代とも。各地の文化交流、交通路の発展に寄与した制度である。
*気海…鍼灸におけるツボ(経穴)であり、チャクラ、丹田の部位に相当する。臍下1.5寸の部位。
*浩然の気…天地に充満している気の事。 

《自分の流年を観た時に剣難の相がある年は、自分と相剋の相がある人と深く付き合うべきではない(図20参照)》

↑図20『相生相剋の図』(相剋には「順剋」と「逆剋」があるが、必ず互いに影響し合う)

相剋(そうこく)とは、例えば自分に水形の相があって、土形の相がある人と付き合う事である。これはつまり、土剋水(どこくすい)であって、自分が剋される(=害を被る)。また、自分に火形の相があって、相手に水形の相がある場合は水剋火(すいこくか)で、これも同様に自分が剋される。さらに、相手側に、自分を剋する相に加えて、悪死(あくし)する相が交じっていた場合は、必ずその相手から剣難を受ける。ゆえに、剣難の相がある年は、相剋・横死(≒悪死)の相がある者とは十分に注意して付き合うべきである。私は、ここ何年か剣難の相があった人を観てきたわけだが、私を剋する相と横死する相が共にあった人は、悉(ことごと)く私を剣難に遭わせた。私の人相の流年には、今でも剣難に遭った相が二か所残っている。一つ目は若年の頃で、口論が原因で左手を負傷した。二つ目は剣死する相があった年で、慎んで陰徳を積んだおかげで死は免れたものの、右手を負傷した。これらの傷は全て、相剋・横死の相があった者によって害されたものである。これによって学んだ事は、陰徳は為すべき事なり、という事である。災難を免れる事は出来ないが、陰徳を積む事によって大難は小難に変じ、小難は微難に変じるのである。以上の如く、これまで私が剣死の流年を観た内、八割から九割は的中させてきた。また、剣難の相がなかったとしても以上の相剋の道理を踏まえ、流年に悪い相がある年は、自分を剋する相がある人には十分に注意しておかなければならない。五行の事については前篇骨格の書に記した。
*流年…人相術において吉凶のある年を判断する方法の一つ。詳しくは『南北相法後篇巻ノ四』にて説明する。
*剣難…江戸時代で言えば主に刀によって被る災難であるが、現代で言えば刃物による災難の他、突発的な事件・事故も含まれる。しかし、剣難と言うように、現代においても刃傷沙汰が主である。
*悪死…ひどい死に方。横死なども含まれる。
*南北翁の剣難…内容の一部が『相法早引序文』に記されている。
*陰徳…何回か前出した際に述べたが、他人に知られぬような場面でコツコツと善い事をするのが、本当の徳である。他人に知られる状況で募金したり、献血したりするのは陽徳であり、人としてやるべき当然の徳であり、真の徳ではない。南北翁は己の食を慎む事が、真の陰徳であるとした。
 

南北相法後篇巻ノ二 終

 

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