最近は鍼を打つ速度がより速く、的確になり、25分で300本近く打つことも増えた。
日本の鍼灸業界では、医師のようなインターン制度や専門医制度が確立されていない。それゆえ、鍼灸師は国家免許を取得しても臨床経験が皆無に等しいため、開業しても患者が集まらず、臨床経験を一向に積めない、という負のスパイラルに陥りやすい。 結果的に、経営を維持するために、治せる技術もないのにセミナーを開催したり、ゴミ同然の本を出版したり、メディアやSNS、YouTubeを利用したり、とにかく1人でも多くの患者や同業者を詐欺的に集めるため、権威付けに躍起になる。 最終的には、業界全体の技術レベルが依然として向上しないばかりか、鍼灸は似非科学だとか、インチキだなどの悪評がさらに増えるようになる。
実際、開業して10-20年の鍼灸師でも、患者が全く増えず、副業をしたり、臨床以外で稼いでいる人が多い。むしろ、純粋に鍼灸の臨床だけで食べていけている人の方が少ないように感じる。
私は鍼灸師としては極めて幸運で、鍼灸師免許取得後は1年間、平日は学校の附属施術所で臨床経験を積み、休日は友人の身体を借りて刺鍼練習を日々繰り返すことができた。 その翌年からは、日本鍼灸界で最も著名だった某師匠の内弟子となる機会に恵まれた。
私は前年までの独学の成果もあり、ある程度刺鍼できるようになっており、元来手先が器用で飲み込みも早かったため、弟子としては最短の3か月で独立し、2010年7月より、島根の鍼灸院を任された。
島根は師匠の地元で、その鍼灸院は、20年ほど前に師匠が開業して開拓していたため、すでに多くの患者がいた。それゆえ、私は引き継いだ日から東京に戻るまでの3年半で、新米鍼灸師ながらも、多くの臨床経験を積むことができた。もし、内弟子とならずに、1人で一から開業していたら、数年経っても患者は集まらず、閑古鳥が鳴いていたかもしれない。
東京三鷹の鍼灸院は、私が島根へ旅立つ3か月前の2010年4月に、師匠と一緒に開業した。私が島根の鍼灸院を3年余り引き継いでレベルアップしている間に、師匠が三鷹の鍼灸院でも患者を増やし、それを私が引き継ぐ約束になっていた。 つまり、師匠は2-3年ごとに弟子をとり、患者が増えたら弟子にその鍼灸院を譲り、新たに別の場所で別の弟子と一緒に開業して鍼灸院を徐々に増やすという、極めて非効率なビジネスモデルを構築していた。
しかし、このようなシステムは、内弟子にとっては千載一遇のチャンスであって、師匠が積み上げた臨床経験の上澄みだけを必死に習得すれば、短期間で多くの臨床経験を積み、鍼灸院を安定的に維持できる素晴らしい仕組みだった。 もちろん、技術を継承できぬまま、師匠から引き継いだ患者をすべて失い、類稀なチャンスを活かせず、フェードアウトしていった、不勉強な弟子もいた。
2013年には、師匠から「三鷹は患者が一杯になったから早く戻ってきて」と連絡があり、私は3年半ぶりに東京へ戻り、三鷹の鍼灸院を引き継いだ。そして、患者が一杯のまま、10年ほど三鷹で臨床経験を積み、2023年には遠方から来る患者も来院しやすいように、東京の中心である四谷へ移転した。2020年からしばらくは、コロナの影響で、一時的に患者数が半分以下になったこともあったが、現在では患者がかなり増えて、予約が取りにくい状況が続いている。
ちなみに、日本鍼灸界には、50年余りの臨床で延べ100万人以上に施術したと主張している御仁もおられるが、これは極めて驚異的というか、俄かには信じがたい数である。一般的に、患者数は、開業してから徐々に増えてくるものであり、週休2日で毎日10-20人に施術したとしても、現実的には50年間で多くても13-27万人に施術するのが限界であろうと考えられる。鍼灸院を開業した経験がある鍼灸師なら理解できると思うが、そもそも、鍼灸が単なる代替医療に過ぎないこの国で、医師免許をもたない一介の鍼灸師が、開業当初から毎日数十人もの患者を集め続けることは、容易なことではない。
例えば、開業当初から予約が一杯で、1年間で2万人の患者を受け入れたと仮定すると、週休2日の場合、1か月あたりの平均営業日数は21日であるから、1年間の営業日数は約250日で、1日あたり80人の患者を受け入れる計算になる。もし、午前と午後で4時間ずつ施術した場合、1日あたり8時間の稼動であるから、患者1人あたりの施術時間は10分以内になり、着替えの時間を術前術後で5分ずつ、問診時間を10-30分程度と仮定した場合、ベッドの稼動数や従業員の数、業務分担の内容、施術内容にもよって異なるが、おそらく時間という概念を超越しなければ、50年間で100万人の患者の受け入れは、到底成し得ない可能性がある。
当然ながら、以上の計算は、施術者が開業日初日から老年に至るまでの、週休2日のみという過酷な条件を厳守した50年間を想定したものであって、開業当初の数年がヒマだったり、施術者が中年期に病気や事故でしばらく入院していたとか、コロナや自然災害などで長期間の休業または受け入れ患者数の減少があったとか、老年期に著しい体力的な衰えがあって受け入れ可能な患者数が激減したとか、一時期執筆業務や鍼灸院の移転準備などで休業していたとか、長期連休をとって旅行へ行っていたとか、講演やセミナーの開催で全国を飛び回っていた時期があったとか、親族の冠婚葬祭で臨時休業していた時期があったことを考慮すれば、実際のスケジュールはよりタイトなものになり、日によっては1日あたり数百人の患者を受け入れないと、50年で100万人の患者数を達成することは極めて困難になる可能性がある。
もちろん、施術者が50年間ほぼ休日なしでも体調を崩すことなく至って健康、親族や友人との付き合い一切なし、四六時中鍼灸院にいて施術可能、数秒または数分間のみの施術を確立、望診が優れていて一見して患者の状態がわかる、トラブルメーカーな患者が一切来院しない、患者のほとんどが予約時間に遅れずに来院してくれる、社会情勢が50年間一定しており不況や自然災害などの影響がほとんどない、などの諸条件が整えば、50年間で100万人の患者を受け入れるという偉業も不可能ではないかもしれない。
鍼灸師になってから、今年で16年目になるが、私は鍼灸師としては極めて例外的というか、運命付けられたような境遇であったため、国家資格を取得して以来、ほぼ毎日患者が途切れることなく、臨床に追われ、無数の経験を積むことができた。 現在までに施術した患者数は、正確に数えてはいないが、おそらく延べ3万人程度と思う。しかしながら、総刺鍼本数は300-400万本は超えていると思う。わずか15年程度で、これほどの臨床経験を積んだ鍼灸師は、現状では日本には他にいないかもしれない。
それゆえに、私は他の誰よりも刺鍼速度が速く、正確性が高い。刺鍼速度は一般的な鍼師に比べて3-5倍くらい、刺鍼部位によってはそれ以上速いかもしれない。例えば、最も難しいと言われている腸骨筋刺鍼は、一般的に鍼を手にとってから切皮、刺入、抜鍼まで、1本あたり数分、遅いと10分以上かかる場合があるそうだが、私は5-10秒程度で、最小限の痛みで最大限の効果を出すように刺鍼できる。 いわゆる「当て感」などの技術的向上は、死物狂いで中国語を勉強して、先人が残してくれた中国語文献を沢山読んだり、常に特注品を最先端の工場に直接オーダーし、より効果的な鍼を用いているところが大きい。当院が鍼にかけている年間コストはおそらく日本一と思う。とにかく、毎日より効果的な施術を提供するため、様々な労力と多額の費用を費やしている。
当院の施術費は高いという人がいる。しかし、一方で、他院と比較すると圧倒的な技術と道具を有しており、安いという人もいる。 大衆受けするような、安さばかりを求めた鍼道具や安易な鍼術、己の権威付けのためだけに妄想全開で記された鍼灸書は、後世には残らないだろうと考えている。