女性は初潮後、腹式呼吸から胸式呼吸へ移行する影響で、20代から閉経頃まで、中医学で言う「上火(のぼせ)」を伴った症状を呈することが多い。
耳鳴り、めまい、耳閉感、食いしばり、首肩凝り、目の充血、唇の乾燥、口内炎、鼻炎、過緊張、ヒステリー球、ヒステリー、過呼吸、パニック障害、肋間神経痛、狭心症、脱毛症、あがり症、短気など、多彩な症状がみられるが、その根底には女性特有「のぼせ」があると考えた方が良い。
「のぼせ」に対する鍼灸治療は様々なパターンが研究されているが、当院では、後頚部、顎関節部、背部夾脊への刺鍼と、肝胆調整のための百会、太衝への15分程度の留鍼、さらに、症状に応じて神庭、本神、神門、曲池、足三里、三陰交などを配穴としている。当院では 神庭と本神への刺鍼を“三神针(サンシェンジェン)”と命名し、様々な病態に応用している。四神針や四神聰も用いることが多い。ちなみに、「神(シェン)」が付く穴位は基本的に自律神経系の調整に効果が高い。
国医大師として、中国で最も著名な中医であった程莘農は、主に脳卒中の後遺症における鍼灸治療を得意としたが、程氏は「中风在脑,必用百会(脳卒中の病位は脳にあり。必ず百会を用いよ)」と言う言葉を残している。
百会は別名「三陽五会」とも呼ばれ、手足三陽と督脉が交わる場所であるため、百会への刺鍼はいわゆる“一窍开百窍开”であると、程氏は提唱した。
しかし、百会は容易に刺激を通じさせる作用があるため、基本的には浅刺で軽く刺鍼しなければならない。刺激が強すぎると陽気を過度に上昇させ、高血圧などの原因となる可能性がある。近年、日本の鍼灸師の一部が、患者の頭部へ無数の太い鍼を刺し、注目を集めているケースが多々みられるが、中医学的な基礎知識があれば、左様な刺鍼法はあり得ない。
日本では、江戸期から、主として視覚障碍者が鍼灸を業としてきたという、世界的に見ても極めて稀な歴史背景があり、未だ医師が鍼灸を業とすることが一般化していない。実際、中医鍼灸医学の結晶である中医経典も碌に読めず、画像診断などの科学的エビデンスを治療根拠として用いることができぬのであれば、思想が神秘主義的傾向を帯び、思い込みなどによって刺鍼方法がカルト化してしまうのは、当然と言えば当然かもしれない。
ちなみに、百会の「百(バイ)」は「たくさんの」、「会(フイ)」は「集まる」の意味である。中医学の陰陽理論では、百会は人体で最も高い場所に位置するため、天の気に最も近く、陽気が最大に満ちる部位であると考えている。 それゆえ、百会穴は体の陽気を最もコントロールしやすい、重要な穴位であるとされ、程氏は好んで、百会と太衝の配穴(いわゆる「从头到脚」)を用いたと言われている。
督脈は全身の陽脈が集まるため、“阳脉之海(陽脈の海)”とも称される。背部は脳から伸びた脊髄が至り、神経節が集まっているため、いわば第2の脳に等しい。 したがって、身体の恒常性維持や自律神経系調節のため、背部への定期的な刺鍼は重要であると考えている。