中医学においては、いわゆる“上火(のぼせ)”は万病の元であるとされている。
それゆえ、問診の際には、日常的なのぼせの症状である、顔の紅潮や、脂漏性皮膚炎、口内炎、吹き出物、湿疹、下肢の血管炎、口の渇き、ドライアイ、目の充血、鼻炎、口の苦さ、口臭、濃縮尿、舌苔の変化などを軽視しないことが重要だとしている。
なぜなら、身体で日々、局所的に起きている炎症はいわば火事のようなものであり、初期は容易に消火可能な微細な炎症であっても、放置すれば次第に全身へ延焼して、様々な難治な病態を引き起こす可能性があるからである。実際、軟部組織の癒着も、潰瘍も、悪性腫瘍も、結局は慢性炎症の成れ果てであり、その多くは局所的かつ微小な炎症に起因している。
“上火(のぼせ)”という言葉は中医学ではよく使われるが、いわゆる“约定俗成”で、民間で広まった言葉であるから、本来は中医用語ではない。
ちなみに、動悸、寝汗を伴う不眠、早口、落ち着きの無さ、独り言、呼吸の乱れ、ヒステリー、便秘、目眩、耳鳴り、突発性難聴、食いしばり、歯軋り、イライラ、短気、脱毛症、慢性的な首肩凝り、更年期障害などものぼせの症状に分類できる。中医臨床上では、のぼせは主に湿熱体質と陰虚体質に分類される。湿熱体質の主な特徴は、常時顔の油分が多いことや、吹き出物ができやすいこと、口内が苦い感じがしたり、口臭があること、尿の黄色が濃いことなどである。陰虚体質の特徴は、常時顔が紅潮していることや、口内が渇いたり、舌が乾燥すること、寝汗が多く、睡眠障害があること、五心煩熱(掌、足底、胸部の熱感)があることなどである。
のぼせの主な原因は、飲食と精神的ストレスであると言われている。
飲食は、特に辛いものの影響が大きいが、炒めたものや揚げたものも、調理過程で食材の水分量が減るため、食べると体内の水分を奪い、のぼせの原因となりやすい。のぼせが慢性化すると、身体に熱が溜まりやすくなるため、その熱を下げようと、無性に冷たいものを欲し、アイスやキンキンに冷したジュースなどを常時口にするようになる。結果的に、胃や小腸が冷され、胃腸の機能が低下するため、中医学的には脾胃が弱まり、食物の消化や吸収、エネルギーの運化能力が阻害されるため、倦怠感や、自律神経失調に伴う多汗、鬱、代謝不良による肥満、イライラ、不眠などがみられるようになる。
また、辛い物を食べたくなるのは、胃腸の機能が低下している可能性があり、辛い物を食べることで、無意識に食欲を増進させている可能性がある。
中国の南方では強烈に辛い火鍋を食べる習慣があるが、これはおそらく湿度による影響である。湿度が高いと、中医学的には湿邪によって胃腸の機能が低下するため、習慣的に辛いものを食べるようになったのだろう。もちろん、中国では古代から衛生上、食物には火を通した方が安全に食べられる、という経験的な理由もある。ちなみに、広東人は食事の前に食器を熱湯で煮沸消毒する習慣があるため、中国北方で外食する際、食器を煮沸消毒している人を見かけたら、それは広東人である可能性が高い。
また、朝鮮半島ではキムチのような辛い料理を食べる習慣があるが、これは極度に寒い環境への適応と、経験的に乳酸菌が身体によい影響を与えることを知っていたのだろう。実際、近年の研究では、のぼせは腸内細菌の乱れによっても起こり得る可能性が指摘されている。
同様に、乾燥させた食材ものぼせを引き起こす。例えば、ライチや龍眼(桂圆)は、中薬的には熱性に分類されるが、乾燥させれば、より熱性が強烈になり、補気作用が高まる。身体を温める作用のある生姜も、湿熱体質や陰虚体質である人が食べ過ぎれば、容易にのぼせを引き起こす。妊婦や更年期の女性は特に気をつけた方がよい。
基本的に、中医学では、食材は色や生育環境によって、上火(体内に熱を溜める)か、去火(体内から熱を取り除く)かを決めている。例えば、スイカは天然の白虎湯(解熱剤)と呼ばれ、去火作用がある。青野菜や水耕栽培の蓮根、ワカメ、苦瓜(ゴーヤ)なども去火作用があり、のぼせ症状がある人に適している。暑い夏にスイカを食べたり、沖縄の人々がゴーヤ料理を食べるのは理にかなっている。