古代中国では、臨床経験に基づく特殊鍼法が無数に開発された。その1つに、鬼門十三鍼という刺鍼法がある。

 

 

鬼迷十三鍼などと俗称されることもある。

 

鬼門十三鍼は『中医·鍼刺篇』や『備急千金要方』などに記載がある。孫思邈は、十三鬼穴は隋唐期ではなく、戦国期の扁鵲学派が出自である、と記している。南北朝期に徐秋夫が提唱した十三鬼穴も知られており、文献によって穴位名は様々だが、孫思邈が『備急千金要方巻十四・風癫・第五』に記した十三鬼穴を採用している中医が多い。現代中国語では、「鬼」は幽霊や鬼などを指すが、古代中国語では鬼気や鬼神の意も有している。

 

鬼門十三鍼は、まさに鬼神が憑依したかのような、言わば「狐憑き」に対して開発された刺鍼法である。現代では統合失調症、不眠症、躁鬱病、双極性障害、強迫症、恐怖症、不安症、ヒステリー、心気症(ヒポコンデリー)、薬物依存、拒食症、脳卒中後遺症、パーキンソン病などに応用されている。

 

十三鬼穴への刺鍼法と禁忌は非常に複雑で、例えば、刺鍼時は「何れの化け物が悪さしているのか?」と術者が大声で患者に問い、回答を得てから抜鍼するとか、施術者は生辰八字(四柱推命)で少なくとも2つ以上の寅が出ていないとダメとか、13穴位の刺鍼で終わるなとか、化け物と戦おうとするなとか、色々ある。

 

基本的に“妖鬼”退散に効果があるとされる銀鍼を用いるが、部位によっては三稜鍼や火鍼を用いる。 操作は平頂法、中通法、下沈法に準じて決める。要するに刺激の強弱である。各穴位の刺鍼深度も決められているが、時代によって解釈が異なることや、日本では定位法(骨度法や指寸法などの取穴法)を誤解している鍼灸師が少なくないため、ここには記さない。

 

男はまず左側から、女はまず右側から刺鍼する。奇数日時は陽、偶数日時は陰とし、前者は鍼を右に回旋させ、後者は左に回旋させる。 刺鍼はまず鬼宮(人中)から始め、以下の数字の順番通りに刺入する。

 

1.鬼宮(人中)

2.鬼信(少商)

3.鬼垒(隐白)

4.鬼心(大陵または太淵説あり)

5.鬼路(申脈)

6.鬼枕(風府)

7.鬼床(頬車)

8.鬼市(承浆)

9.鬼窟(別名鬼路/労宮)

10.鬼堂(上星)

11.鬼藏(男:会陰/女:玉門頭)

12.鬼臣(別名鬼腿/曲池)

13.鬼封(海泉)

 

13穴すべてに刺鍼してはならず、症状に応じて、5-6穴のみ用いる。もし、13穴すべて使い果たし、根絶させようと深追いすれば、面倒なことになる可能性がある、と言われている。

 

ちなみに“海泉”は日本ではほとんど知られていないが、経外奇穴の1つで、出典は鍼灸大全とされる。舌裏に位地し、邪気退散、生津止渴、舌または喉の異常、喘息、嘔吐、しゃっくり、下痢、多飲多尿などに用いられる。