中医鍼灸用語には難解な文字が多い。また、時代によって使われる漢字が異なったり、中医経典自体に記されている文字が誤っていることがよくある。
それゆえ、後世の多くの研究者によって、用語は適切と思しき文字に訂正され、現代ではある程度、用語が統一されている。
しかしながら、日本においては、中医経典を原文で正確に解せるレベルまで中国語を専門的に学び、研究してきた者が皆無に等しい。その結果、現代に至るまで、中医鍼灸用語の誤訳や極端な意訳が少なからず、中医関連書籍においても、勘違いや妄想、思い込みなどによって奇特に解釈されたものが少なくない。
中国語が起源である中医鍼灸用語は、中医鍼灸治療が日本へ伝播するにあたり、日本人でも理解しやすいように読み仮名が付けられたわけだが、用語の「読み」には音読みと訓読みが混在するなど、法則に一貫性がなく、先人の拙い専門知識や中国語能力の不足、その当時の気分などによって決定されたと思しき、奇々怪々な「読み」も多い。
ちなみに、日本鍼灸界においては、中医鍼灸用語を無理矢理、何れかの常用漢字に変更しているケースもあれば、適切な常用漢字が見つからず、字体が似たような、適当な漢字を当てはめて、邦訳しているような用語も非常に多い。
つまり、読み仮名だけでなく、専門用語を邦訳した際の、漢字の選び方においても法則に一貫性がないため、様々な混乱の原因となっている。
そもそも、中医鍼灸用語は極めて専門性の高い中国語であるため、日本語の常用漢字外の文字が多く使われている。つまり、中国語独自の意味が込められているから、思い込みで日本の常用漢字に変換したり、妄想を根拠に邦訳してしまうと、本来の意味から逸脱してしまう可能性が高い。
本来、中医鍼灸用語は中国語の文字をそのまま使用し、読み仮名も、中国語に即した方法で考案すべきである。もちろん、現代中国語では簡体字を用いているから、中国語未学習者でも理解しやすいよう、繁体字に変換すべきではあるが、専門用語であるから、読み仮名に関しては、ピンインに従うか、音読みで統一する方法でなければ不合理である。
「腧穴」に関連して、日本鍼灸界では誤った知識が流布されているため、以下に正しい専門知識を記しておく。
「腧」は古代中国では「俞」または「兪」と記した。「输(輸)」は通仮字で、「腧」の代用とされた。そのため「腧穴」、「输穴」、「俞穴」は本来同義なのだが、中医理論における輸穴は独自の意味を持っている。
つまり、「腧穴」は穴位の総称、「輸穴(输穴)」は五輸穴、「俞穴」は背兪穴を指す。
「腧」の「月」は身体や筋肉を、「兪」は「捷径(近道の意)」を示し、「月」と「兪」を合わせると、「身体内部への近道」の意味となる。近道には入口があり、その入口を「穴」として、「腧穴」と称した。
「腧」、「兪」、「俞」はみなyúまたはshùと発音するが、yúと発音する場合は意味が異なる。中医名詞として読む場合は、基本的にshùと発音する。
ちなみに、「输」はshūと発音する。また「腧穴」は経穴、経外奇穴、阿是穴、耳穴の四種に分類される。
以上は中医鍼灸用語における、いわば基礎知識であるが、日本鍼灸界で理解できている鍼灸師は極めて少ないと推察される。