最近、耳つぼが再びブームになっているらしい。15年くらい前にも耳ツボブームがあり、その頃は島根県松江市で開業していたが、耳つぼに関する研究は大体試してみた。ハッキリ言って、耳つぼ療法に医師を黙らせるような、著しい効果はない。往々にして、流行は誰かによって作られたものであるが、無知な大衆はそんなことに興味はない。ただ、目の前にある流行という名の波に乗るだけである。
一般的に、ダイエット効果を謳い、怪しげな耳つぼ関連商品を販売したり、素人同然の知識量と思い込みから、これは稼げる、などと勘違いして、耳つぼ施術する業者が少なくない。
そもそも、耳つぼ自体はかなり前から認知されているのだから、医学的に明らかな著しい効果があれば、すでに多くの医者がその商品を患者に薦めたり、耳ツボ施術しているだろう。
耳つぼで痩せることができると思い込んでいる消費者も未だに多いが、食事制限と運動なしに劇的に痩せるはずがない。
日本鍼灸に対して未だ多くの医師が懐疑的なように、効果がなければ玄人は見向きもしない。
ちなみに、著名な中医である張仁の某著によれば、耳鍼の起源は中国古代まで遡るとされる。だが、臨床に応用されるようになったのは1950年代後期で、耳鍼法はいわゆる微鍼の一種として最も成熟した刺鍼法と言われている。現在、中国では耳鍼は医師が行うため、比較的安全な刺鍼法とされているが、不適切に扱えば事故が起こり得るとして、以下のような耳鍼法における注意点を記している。
1. 外耳に明らかな炎症あるいは病変、例えば凍傷による潰瘍や感染、その他湿疹などが見られる場合は耳鍼を中止すべきである。
2. 重度の器質性疾患あるいは精神的過緊張が見られる患者においては、割治(微量の脂肪を切除する中医的治療法)や放血、激しい刺鍼法は用いてはならない。また、妊婦や習慣性流産がある患者に耳鍼法を用いてはならない。
3. 耳介感染に注意する。耳郭は血液循環が悪いため、感染後の処置が遅れた場合、感染が軟骨まで至り、重症者は耳介腫脹や軟骨壊死および変性を引き起こすことがある。刺鍼部位は2%ポピドンヨードで消毒したのち、75%エタノールで内から外へ消毒する(20年前の記述のため消毒法は参考)。耳鍼は15°またはそれ以下の角度で斜刺し、軟骨炎を避けるため、軟骨へ刺入しないよう注意する。
4. 暈鍼(迷走神経反射の一種)に注意する。耳穴暈鍼は耳鍼による暈鍼と、王府留行(植物の種を用いた耳穴療法)などの圧迫による暈鍼を含む。多くは一過性だが、重症者も報告されている。暈鍼を引き起こす原因とその臨床表現は、体鍼と類似しており、予防法と処置もまた同じである。
最近は、鍼の一種である円皮鍼も、一部ネット通販や薬局で、誰でも購入できるようになった。ツボ刺激用の粒型製品なども、SNSなどを利用した広告により、ファッションと称して使用したり、施術する素人が急増している。医学的な知識や、中医鍼灸に関する素養のない素人が、事前消毒もせず、円皮鍼を耳ツボへ何日も貼り続けるケースが多々見られるが、10日間以上も貼り付けるなど、使用法が極端かつ不適切であれば、事故が起こりかねない。
一般的に、耳の穴位(ツボ)は他のツボと異なり、刺鍼による感染事故のリスクが高いと言われている。なぜなら、耳介周囲は筋肉層がなく、皮下組織の真下が軟骨で、血流不全による感染が起こりやすいからである。軟部組織は基本的に圧迫だけでも容易に炎症が起こるため、例えば、硬い粒を長時間押し当てているだけでも、水疱が出来たり、陥凹部から炎症が悪化する可能性がある。
特に幼児や高齢者、糖尿病患者、ガン患者など、易感染者であればさらにリスクは上がる。また、皮膚を貫き、耳介軟骨まで達する長さの鍼体を備えた円皮鍼や、円錐形の異物を素人が耳ツボ刺激として使用した場合、たとえ事前消毒を徹底したとしても、基礎疾患や免疫系などの状態が悪く、不衛生な状態で長時間使用すれば、耳介軟骨炎で耳介が壊死したり、耳介が変形する危険性もゼロではない。
実際、中国ではすでに30年以上前に、耳介軟骨周囲への不適切な刺鍼による様々な事故が張仁ら中医師によって報告され、注意喚起と対応策が公表されている。医療機器である鍼を素人でも気軽に買えるような危うい状況は今に始まったことではないが、医療機器または極めて医療機器に近い商品を、売れりゃあ良い的なスタンスで誰でも買えるような状況を放置している某メーカーや業界のスタンスには、到底賛同できない。
そういえば、鍼灸学生だった頃、某学校の附属施術所で某教員に「円皮鍼は何日くらい貼っておけば良いですか?」と問うた同級生がいた。某教員は自身ありげにこう答えた。
「身体が不用と判断すれば、円皮鍼は自然に剥がれ落ちます。円皮鍼は勝手に剥がれるまで貼っておけば良いのです」
某教員のこの言葉には唯ならぬバックグランドがある。某教員は某鍼灸流派のカルトな思想に熱心だった。それゆえ、某流派の創始者が常々「鍼は刺入しようとせず、皮膚に当てているだけで良いのです。身体が欲すれば自然に鍼体が引き込まれます」と嘯いていた影響で、某教員があたかも己の言であるかのように左様な戯言を発したと推察される。
当時からアウトローだった私は、この一件で、日本鍼灸界への更なる不信感を実感し、それ以来、日本の鍼灸書はほとんど読まなくなった(著名な鍼灸書はゴミ同然の内容であっても、一応参考程度に読んでいる)。