手相といえば、20代初めの頃、イロイロあって路頭に迷っていた時期に、手相の大家であられた門脇尚平先生に、下北沢のご自宅で鑑定していただいたことがあった。

先生は「手相の世界では、本は書けても実際に観れる人はほとんどいないでしょ。私は書けるし観るのも巧い」と言った。確かに中医の世界でも似たような状況みたいだが、日本では書けぬし治せぬ鍼灸師が多すぎるように思えてならぬ。 
 
門脇先生に手相を観てもらった時、私は確か20歳くらいで、生産性も将来性も微塵もないようなクズみたいな人間だった。

ご自宅は下北沢駅から5分くらい歩いた住宅街にあって、インターホンを押すと気さくな感じで門脇先生がお出迎えになり、玄関左脇の居間に通された。10畳くらいの部屋に小さなちゃぶ台と座布団が2枚敷いてあって、部屋の奥には西式健康法の平牀(へいしょう、≒木板)と硬枕を置いたスペースがあった。

先生に促されて座布団に座ると、すぐに代金を請求された。3万円だった。先生は現ナマを手にするまで、会話をしない様子だった。随分高いと思ったが、門脇先生にお会い出来て感動していたし、鑑定内容に期待していたので、すぐに諭吉を3枚取り出した。ためらいながらも3万円を差し出すなんて、あの頃の私は今よりは遥かに純朴であったと思う。

鑑定時間は約30分で、奥様が出してくださった柿の葉茶を飲みながら、部屋の片隅に置かれた西式健康法の器具について話したりしたが、20分くらいは先生の自慢話を聞かされたように思う。先生は手相の鑑定にも関わらず、何故か手相についてはあまり詳しく語らなかった。

門脇先生の手は随分と手荒れが酷く、表皮が剥けてカサカサになっていたので、つい「どうしたんですか」と言ってしまったが、先生は「ちょっとね」と言って話をはぐらかした。先生は西式健康法で完全なる健康体になっていると思い込んでいたが、西式に問題があるのか、先生に問題があるのか、当時の私にはわからなかった。

先生はしばらく私の手相をジッとみていたが、「あなたはちょっと変わった人と結婚するね」とか「吉相、吉相」と大きな声で言うだけで、私が聞きたかった内容はあまり判然としなかった。しかし、「君は将来、多くの人の面倒をみることになるよ」と断言したことは、どうやら当たっていたらしい。

結局、先生が話した内容の大半は下ネタ的な自慢話ばかりで幻滅した。まぁ大体、巷の占い師の多くは、客が望んでいる答えを推量してうまいこと言うだけの、鏡台みたいなモノなのかもしれない。

とりあえず、鑑定の時間が終わる前に、一つだけ聞いておきたいことがあった。門脇先生は多くの著書を残されていたが、“手相はアリストテレスに始まって門脇尚平に終わる”、と自著で毎度のようにおっしゃっていた先生にとって、どの本が一番お勧めなのかということが知っておきたかった。

先生は座りながら電話の受話器を取ると、おもむろに内線ボタンを押して、2階にいる娘さんだかに「『手相への招待』まだあったっけ?」と聞いた。私はどの著書がお勧めなのかを知りたかっただけで、本を買って行くつもりはなかったが、先生は本を売りつける気満々のようであった。とりあえず、先生が勧める本が『手相への招待』であることがわかったのは収穫であった。

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鑑定の時間が終わると、先生は「手相の改善と健康のために、西式健康法をやりなさい。明日から朝食を廃止しなさい」と言いながら、私に帰宅を促した。私は透かさず、持参した先生の某著書を取り出し、サインをお願いし、先生のご自宅をあとにした。

こうして私が15年前に木枕の存在を知り、今、多くの患者に感謝されるような木枕の使用法を考え出すことが出来たのも、そもそもは門脇先生のおかげである。手相に関しての恩恵は少なかったけれども、西式の存在を教えて下さったことに関しては、門脇先生には大いに感謝している。

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そんなこんなで、京都から東京へ向かう新幹線の中で、デイパックの中に忍ばせていた携帯用の木枕を首にあてがいながら、若かりし頃の懐かしい日々を昨日のことのように思い出していた。

そういえば、最近、何人かの患者さんから携帯用の木枕を売ってくれと言われたのでメーカーに問い合わせてみたのだが、残念ながら携帯用は既に販売中止になっていた。以前はメーカーもバンバン作っていたらしいが、最近は需要がないのと職人が引退したとのことで、生産を中止せざるを得なくなったらしい。

木枕はしばらく使っていると旅行や出張にも携帯したいと思うようになるわけだが、うちの患者さんにもそんな感じの人がチラホラ現れてきたようだ。携帯用は折りたたむと通常の木枕の1/3くらいの大きさになるので、バッグに入れても邪魔にならず便利である。