東京四谷へ鍼灸院を移転して1年余りが経過し、少しヒマができたため、2024年5月22日、安曇野市へ行くことにした。

 

目的は、旅行雑誌の中で偶然見かけた、高校時代の旧友A氏に会うことだった。

 

A氏は親戚が岩手県内で喫茶店を経営していた影響で、幼少期からカフェを営むことに憧れていた。高校時代のA氏の印象は、とにかく寡黙で、「実直」という言葉が相応しい男だった。A氏と私は、高校時代に同じクラスというくらいで、お互いにあまり接点がなかった。高校卒業後も、20代の頃の同窓会で1回再会し、その時に少し会話しただけの仲だった。

 

A氏はその後、都内の某大学に進学し、大学卒業後はコーヒーについて学ぶため、タリーズコーヒーに就職した。都内にある直営店で働きつつ、本社では品質管理などについて学び、コーヒーに関する専門性を十分に高めた後、予定通り、早期退職した。その後、北アルプスを擁し、清らかな湧水が豊富で、日本の原風景とも言える長閑な田園が広がる、安曇野市郊外に移住し、念願のカフェを開いた。

 

カナディアンハウスを改装した古風なカフェや喫茶店は珍しくない。だが、このカフェには群を抜く佇まいがある。

 

躯体を覆う深紅の屋根、エントランスを染める濃紺の外壁、純白の格子窓、レトロ感を強調する木製扉、すべてのパーツが違和感なく調和し、芸術的な外観を作り上げている。

 

内装も素晴らしい。高い天井や、天窓からの柔らかな採光、所々にぶら下がった白熱灯の優しい明り、古びたテーブルの質感など、一見手を加えていないようで、実際にはすべてが計算し尽されたような美しさがある。スローテンポなBGMが相まって、非常に心地よい空間が作り出されている。

 

マリンブルーの大きな椅子に身を沈めれば、まるで列車の車窓から借景したかのような、日本の古き良き原風景を存分に眺めることができる。

 

店内の食器や調度品は、その1つ1つに、A氏のこだわりと、センスの良さが感じられる。

 

スイーツは主に近隣のパティシエが作った上等品を仕入れているそうで、安曇野の清らかな水で淹れたコーヒーと共に食せば、至高のひと時を過ごすことができる。

 

チルアウトスタイルコーヒーは、現在では知る人ぞ知る、安曇野を代表するカフェとなり、遠方から訪れる客も多い。季節限定のメニューもあり、県外から足繁く通う常連客もいるそうだ。

 

A氏はどちらかと言えば、不愛想な男である。それゆえ、ここへ初めて訪れる人は、彼の本質を見抜けず、接客態度にケチをつけることがあるかもしれない。

 

また、カフェへの期待が過ぎて、満席で一時的な入店を断られたことに対して、腹を立てる人もいるかもしれない。しかし、A氏は根の良い男である。職人気質であるがゆえに万人受けせず、一部の節度がない客とぶつかり合うことがあるのだろう。

 

このカフェに騒がしい客は似合わない。節度をわきまえ、静かに各人の時間を楽しめる人々が集う場所であって欲しい。