ここ最近、北朝鮮のミサイルをアメリカが迎撃するとか、北朝鮮がアメリカ本土を核攻撃するとかいう物騒なニュースが流れている。個人的にはすべて茶番だと思っているわけだが、まぁこれが現実になれば、今後、中国の情勢も激しい展開になる可能性もあるわけで、中国へ行かずに中国の針灸用具やら針灸・中医関係の本を入手する方法を考えた。
北京の針灸用具店の老板とはすでに顔見知りで、ここ最近は微信(ウェイシン、WeChat)を使って連絡を取り合っている。微信というのはLINEやBBMみたいなSNSの1つで、中国で最も利用されているメッセージ送信サービスだ。特に中国では微信上で使える微信钱包(WeChatPay、ウェイシンウォレット)と呼ばれる送金・決済サービスが流行っていて、中国都市部の若者は現金を持ち歩かない傾向にある。
北京市内でも微信支付(微信での支払い)が可能な店が増加しており、タクシーでも微信支付の利用が可能であるし、地下鉄やバスでの移動は一卡通や交通卡などのICカードを持っていれば事足りるから、年代に関わらず、現金を持つ必要性が少なくなってきている。
日本ではこれまで、「NFC(おサイフケータイ)」やら「FeliCa(フェリカ)」なんかが世に出てきたわけだが、どれも鳴かず飛ばずで、最近になって「Apple Pay(アップルペイ)」なんてのが出てきたけれども、私はこれもあまり普及しないのではなかろうかと予想している。
中国で電子マネーが大きく台頭できた1つの要因として、やはり紙幣のセキュリティレベルが日本よりも低いことや、未だ紙幣の偽造集団がわんさか存在することがあるのだろうと思う。中国では2015年からRMBの新券が発行され、これまでよりは紙幣のセキュリティレベルは上がったと言えども、街中にはまだまだ沢山の旧札が流通しているわけで、個人商店においても偽札鑑定機が手放せないのが現状だ。
紙幣への信用度が低い中国で電子マネーが発達するのは当然の理であって、偽札の心配が少なく、電子マネーのセキュリティに対する不信感が根強い日本においては電子マネーを使うメリットが中国ほど大きくない。ゆえに今後も日本では、微信钱包みたいな便利なモノがあっても流行り難いのかもしれない。
そんなわけで、人生の大半を日本で過ごしている私にとって微信钱包なんて必要のない代物だったのだけれども、「微信で支払ってくれないと通販できない」と北京の針灸用具店の老板に言われたので、止むを得ず微信钱包を使えるようにしなければならなくなった。
微信钱包を使うためには、中国国内で微信钱包に対応している銀行口座を開設しなければならない。また、旅行者が銀行口座を開設するためには、中国国内で使える電話番号と、パスポートが必要になる。中国でも年々銀行口座を開設することが困難になっているそうだが、日本に比べると今のところは外国人でも開設しやすいようだ。ちなみに、中国の銀行は口座開設時に印鑑が要らない。それと、日本と違って通帳を発行しない銀行が増えているようだ。
基本的には短期滞在の旅行者であっても、パスポートと中国国内で使用できる電話番号を用意しておけば、口座開設は可能だ。あとは中国語の語学力が必要だが、北京の王府井や上海の外灘など、外国人が多い都市部であれば、行員が英語を話せることが多いし、外国人の対応にも慣れているだろうから、地方に比べて口座開設は容易いかもしれない。
先月からhuaweiのスマホを使っているが、huaweiは中華製であるから、中国で買ったSIMを差し込めば通話は可能だろうと考えていた。で、今回は灯市口駅が最寄の北京丽亭酒店というホテルに泊まっていたから、ホテルから歩いてすぐ近くにあるhuaweiの支店で、SIMを購入出来るか聞いてみることにした。ちなみに、中国語ではSIMのことを「SIM卡」とか「手机卡」と言う。东四南大街と金鱼胡同の交差点にある店だからすぐに見つけられた。
店内に入り、これこれこういうわけでSIMが欲しいが、日本で買ったhuaweiでも中国で使えるか?と店員に聞くと、店員は面倒くさそうにして、隣の店へ行け、と言った。huaweiの直営店のくせに、アップルの店員に比べるとかなり酷い対応だった。
隣にも携帯電話屋があり、再び同じ質問をすると、店の中にいた店員が全員寄ってきて、おそらく日本で買ったhuaweiだと中国のSIMを差しても使えぬのではないか、と議論し始めた。しばらく店員は話し合っていたが、どうにもならぬと判断したのか、通りの向こう側にある建物を指さして、「中国联通へ行け」と言った。どこにあるのかわからぬから私が「どこだ」と言うと、店員は「紅色(赤色)の看板のところだ」と言ったが、指さす方向にはオレンジの看板しかなかった。
おかしいなと思って私がキョロキョロしていると、痺れを切らした若い女性店員が「オーレンジ!」と下手くそな英語で叫んだ。最初から中国語でオレンジ色と言えばいいだろうが、と思ったが、とりあえず店員の言っている場所がわかったので、そこへ行くことにした。もしかしたら中国でも、橙色を赤色と言ったり、緑色を青色と言うことがあるのかもしれない。日本でも青信号を緑だと言う人がいるのと同じ理屈なのだろうか、と思った。
中国联通は中国政府が作った会社だ。日本で言うところのドコモやKDDIみたいな電話会社で、ここへ行けば外国人でも中国国内で携帯電話を使えるようになるとのことだった。
中国联通の入り口をくぐり、薄暗い売り場を徘徊していた店員に要件を告げると、そこの受付へ行けと言われ、整理券を渡された。私の前には6人の客が待っていたが、半分くらいは外国人だった。ベンチに座り、こびととミレービスケットを食いながら15分くらい待っていると、ついに私の番号が呼ばれた。基本的に中国ではどこで何を食っていても文句は言われないから、気が楽だ。
事前に私の目の前で手続きをしていた初老の白人男性を見て手順を確認していたから、手続きは比較的容易いだろうと予想した。受付のオバハンは無愛想だったが案外親切で、まずは私が持っているhuaweiが使えるかどうか「ちょっと試してみよう」と言った。オバハンは自分のi-phone6からSIMを抜き出し、それを私のスマホに差し込んでくれた。私のスマホは操作画面が日本語になっていたから、オバハンは操作方法がわからぬと言って、私にスマホをつき返した。
機内モードになっていたために通信できぬようで、機内モードをオフにすると、すぐにチャイナユニコムの電波に切り替わった。さっきの店の店員は使えぬと言っていたが、どうやらSIMさえ用意すれば使えるようだった。
huaweiはデュアルSIM対応だから、日本のSIMを差し込んだまま中国のSIMも使えるようになっている。これでSDカードも差し込んだままに出来れば便利だと思うが、残念ながら私のモデルはそういう仕様にはなっていない。とは言ってもi-phoneに比べたら融通が利いて遥かに使いやすい。
中国のSIMはプリペイド式であるから、日本の電話会社のように高額請求が来ることもないから安心だ。電話番号はオバハンが提示した10個くらいの番号から、中国人風に縁起の良さそうな番号を選んだ。パケットサイズは一番小さいやつを選んだが、SIM代と手数料を含めて100元(約1600円)だった。これで電話が使えるなんて安いものだと少し感動した。手続きには20分くらいかかったが、とりあえずはパスポートを見せて、泊まっているホテルの住所を伝えるだけでSIMを入手することが出来た。契約時には開いたパスポートを自分の胸のあたりに掲示して、証明写真を撮られた。
翌日、王府井の中国銀行へ行くことにした。王府井の中国銀行は祝祭日を除き、個人向けの業務は毎日9:00~17:00まで行っているから非常に便利だ。日本の銀行と異なり、土日に行っても外貨両替や口座開設が可能だ。王府井には2か所に中国銀行があるが、金鱼胡同の交差点にある东安门支店のほうが空いていて良い。
しかし、王府井の2つの中国銀行へ行ってみたが、どちらの支店でも中国国内の会社に勤めているか、長期ビザがないと口座開設はできないと断られた。さすがに中国銀行はガードが厳しい様子だった。仕方がないので中国工商銀行と中国建設銀行へ行こうと思ったが、日本へ帰る飛行機の時間が迫っていたため、比較的ヒマそうな建設銀行へ行くことにした。
建設銀行は王府井という一等地にあるにも関わらず、店内は閑散としていた。入口でヒマそうにスマホをいじっていた女性店員に、「口座を開設したい。旅行で来ているだけだが可能か」と聞くと、店員は大そう嬉しそうに「没事儿,没事儿(大丈夫ですよ)」と言って、1枚の申し込み用紙を差し出すや否や、急かすようにして私を奥の窓口へ誘導した。門前払いを喰らわせた中国銀行とは真逆の対応だった。少しでも預貯金を増やして首位を狙いたい銀行にとっては、私のような旅行者であっても美味しいカモに見えるのだろう。この分だと工商銀行でも簡単に口座を開設できるかもしれない。
窓口には20代前半と思しき男性行員がヒマそうに座っていた。用紙には色々と記入しておかねばならなかったが、空欄のまま窓口に座っている行員に渡すと、頼んでもないのに自分のサイン欄以外はほとんど記入してくれた。
ちなみに、中国の銀行は日本と異なり、窓口には監獄の面会室にあるような透明のポリカーカーボネイド風の板が天井まで張られている。窓口に設置されたマイクと小さな小窓を使って、行員とやり取りするようになっている。きっと防犯のためであろうと思うが、日本の銀行がなぜこういうシステムにしないのかが謎だ。
行員に促されるままにパスポートを渡し、しばらく待っていると、自分の電話番号と泊まっているホテルの住所を聞かれた。その後は手元のモニターで記入事項に間違いがないかを確認したり、入出金の際に使う6桁の暗証番号を決めたりして、10分ほどで銀行カードを手渡された。日本の銀行で口座を開設した場合、後日自宅に銀行カードが送られてくるようになっているが、中国の銀行ではICチップが付いた空のカードがその場に用意してあって、客はその場でカードを受け取るという按配になっているらしい。とりあえず、ついでに窓口で手持ちの人民元をすべて貯金してもらった。
やっと用事が済んだ、さて帰るかと思って椅子から立ち上がろうとすると、行員は暴漢に襲われていた子羊を救った通りすがりの旅人に名前を請うかのような面持ちで、突然「请稍等!(ちょっとお待ちを!)」と叫んだ。何事かと思って再び椅子に腰掛けると、行員は隠し持っていた茶色の紙を1枚差出し、「この字の書き方を教えてくれ」と小声かつ恥ずかしそうに言った。便箋くらいの大きさの茶色の紙には、見慣れた日本語である平仮名とカタカナが五十音順に記されていた。しかし、よく見ると、「す」と「そ」の書き方が間違っていた。
仕方がないので紙に記された日本語を全て添削してやり、「す」の正しい書き方と、「そ」の2種類の書き方を教えてやった。すると行員はここぞとばかりに、今度は「ふ」の発音がわからないから教えてくれと言った。中国人は日常的に「fu」と「hu」の発音を使い分けているから、「ふ」がどちらの発音になるのかを理解し難いようだった。
そこで、心優しい私が窓口のマイクに向かって大きな声で、「あいうえおかきくけこ…」と発音してやると、行員は「ふ」の下に「hu」と書いた。私がマスクをしたままで発音したにも関わらず、fとhの発音を聞き分けることができるとは、耳の良い中国人だな、と感心した。慈愛に満ちた私は、頼まれてもいないのに、マイクに向かって大声で五十音を2回繰り返して発音した。
私が五十音を発音し終えると、行員は右手の親指を上に向け、少し引きつった顔で笑顔をつくりながら「谢谢(ありがとう)」と言った。私は人助けをしたもんだから、しばらく良い気分になった。きっと中国4大銀行の受付のマイクで五十音を大声で2回唱えたのは、後にも先にも私くらいなものだろう。きっとベンチに座って待っていたこびとは、この歴史的な光景を目の当たりにして、さぞや喜んでいるだろうと思い誇らしげに近寄ると、こびとは口を開けて居眠りしていた。とりあえず無事に口座を開設できたことは、府中の免許センターで苦労の末、バイクの大型免許を一発試験で取得した時と同じくらい嬉しかった。
ちなみに中国建設銀行は、2016年4月、中国共産党中央規律検査委員会によって、職務上の立場を利用して友人や家族に便宜を図るなど規律違反の疑いがあった行員が300人以上にのぼったとという件で、ニュースになっている。確かに、客に日本語を教えてもらうという行為も規律違反にあたるのかもしれない。きっと、あの行員は常にメモを隠し持っており、ヒマをみては業務中に日本語を勉強しつつ、いつかは日本へ行くことを夢想していたのであろう。まぁそうは言っても、親日であることに対して悪い感じはしない。
銀行口座を開設したあとは、微信に銀行口座を紐付けさせることで微信钱包の利用が可能になるわけだが、この設定には苦労した。何故ならGoogle Playで入手できる微信は中国本土のモノとは異なり、钱包(マイウォレット)が隠しコマンドになっているからだ。
钱包機能を有効にするためには言語設定を中文にするとか、アプリをダウンロードしなおすとか、登録してある電話番号を中国本土で使えるものに変更してみるとか、色々とネット上で騒がれている。しかし結局はどれもダメで、微信内ですでに钱包が有効になっている友人から送金してもらうしか手立てがないようだ。友人から1元でも送信してもらうと、自動的に銀行口座の紐付け画面に誘導されるから、その後ちゃんと紐付けが完了すれば钱包を使えるようになる。今回は友人S氏の助けを借りて、钱包を有効化することに成功した。